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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)916号 判決

控訴人(被申請人) 紡機製造株式会社

被控訴人(申請人) 岩本三郎

主文

原判決を左の通り変更する。

控訴人が昭和三〇年八月一〇日付をもつて被控訴人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

控訴人は被控訴人に対し金四〇四、六〇〇円及び昭和三三年一二月一日から本案判決確定に至るまで一ケ月各金一〇、二〇〇円をその月の二五日限り支払え。

被控訴人のその余の申請を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

事実

当事者双方の事実上の陳述並びに立証、認否、援用は、控訴代理人において、控訴人の被控訴人に対する第一次解雇の意思表示は昭和三一年一一月三〇日に、また同第二次解雇の意思表示は同三〇年一二月六日に、いずれも、その後に行つた適法で有効な第三次解雇の意思表示によつて、もはやこれを維持する必要がなくなつたのでこれを撤回したものであるが、右第一次解雇の意思表示を撤回するにあたり、控訴人は被控訴人に対し、昭和三〇年一月一日から同年八月一〇日までの賃金に相当する金員を支払う旨通知したところ、被控訴人はこれを受領したので、もはや賃金の未払はない、と述べ、被控訴代理人において右金員は賃金として受領したものではない、と述べ(立証省略)た外すべて原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所は、控訴人の被控訴人に対する本件第三次解雇の意思表示が、控訴人主張の整理基準を定めて、被控訴人を含む一六名に対し企業経営上やむを得ない整理を実施したものであるとの控訴人の主張にもかかわらず、控訴人は、被控訴人において同基準に該当しないのに、あえてこれに該当するものとして解雇の意思を表示したものであり、これは、被控訴人が共産党員であることを嫌い、控訴人主張の人員整理に便乗して、これに名を藉り、被控訴人を排除しようとする意思でなされた、労働基準法第三条違反の無効のものである、とする根拠として、次の理由を附加する外原判決理由中のこの点に関する部分のすべてを相当としてここに引用する。

被控訴人が昭和二七年二月頃日本共産党に入党した同党員であることは、本件当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三乃至第一〇号証に、原審並びに当審における被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、別紙経過表記載の事実及び同解雇理由表記載の第一次乃至第三次解雇の理由が疎明される。

そして右各表に記載された事実並びに解雇の理由を検討すると、控訴人が本件第三次解雇の理由として主張するところのいわゆる人員整理基準の

(一)  出勤不良の者

(二)  控訴会社の業務に対する協力性に乏しい者

の二点は、すでに第一次及び第二次解雇の際にも、その理由として取上げられたところのものであることは明かであり、かつ前示甲第八号証によると、第一次解雇の場合には、これに対する神戸地方裁判所昭和二九年(ヨ)第四七八号仮処分申請事件の判決において、控訴人主張の具体的事実を証拠に基いて詳細に調査した上、いずれもこれをもつて解雇の決定的な理由となし難い旨の、同庁のきわめて妥当な判断を受けているものであり、またその後控訴人も被控訴人の右事由に基く解雇の効力を争つたのに対応して(乙第三三号証。(右第一次解雇の意思表示の効力停止仮処分申請事件の前掲神戸地裁判決に対する控訴審判決)参照)第一次解雇の意思表示は昭和三一年一一月九日に、また第二次解雇の意思表示は、すでにそれ以前の同三〇年一二月六日に、それぞれを撤回していることが疎明されるのであつて、すなわち、同問題は被控訴人に関する限り、もはや一応解決済のものであると思料するのを相当と考える。

控訴人は右二事由をさらに本件第三次解雇の意思表示の理由として掲げたのは、前二回の場合と全くその意味を異にし、控訴人の企業経営の必要上まことにやむを得ない人員整理の基準として掲げたものであるし、又前二者の解雇の意思表示を撤回したのは、本件第三次の人員整理による適法有効な解雇によつて、もはやこれを維持する必要がなくなつたがためである、と弁明する。

しかしながらそれは、とりもなおさず、控訴人自身において、第一次及び第二次解雇の意思表示の、必ずしも適法有効でなかつたことを暗に認めたものと解しうるのみならず、成立に争のない乙第二七、第二八号証によつてうかがいうる、控訴人において、被控訴人が昭和二七年二月頃日本共産党に入党した同党員であることを察知したのは、少くとも、右入党後すでに二年余も経過した昭和二九年七、八月頃の第一次解雇の意思表示の直前頃のことであると思料せられる事実に、右事実が発覚するや、控訴人は矢継ぎ早やに、しかも第二次解雇の意思表示は、第一次のそれが万一効力を認められないことを仮定し(神戸地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第二五号仮処分申請事件の控訴人の答弁書参照)又同じく第三次解雇の意思表示は、第二次のそれの万一効力を停止せられたことを仮定して(甲第六号証参照)、強引に被控訴人を解雇する意思表示を繰返えしている事実、控訴人は被控訴人の共産党入党後も、これを察知するに至るまでの二年余の間は、被控訴人を高く評価していて、第一次解雇のわずかに三ケ月余り前の昭和二九年五月一日には、ようやく三〇歳に達したばかりの若年の被控訴人を、控訴人の製造部鍜造工場主任という、工場長に次ぎこれを補佐する重要な地位にまで抜擢している事実及び原審証人藤原好一の供述によつてうかがいうる被控訴人のような若い優れた技術者で本件第三次解雇により整理された者は、被控訴人と特殊の関係にあつた二名位より外にはなかつた事実等を綜合すると、控訴人が本件第三次解雇の理由として掲げる右(一)、(二)の事由も、第一次及び第二次解雇の意思表示の場合と同様、とうていこれを被控訴人の主張通りには受取り難く、むしろ、控訴人が共産党員である被控訴人を排除するための口実として掲げているに過ぎないことを看取し得るのである。

次に控訴人が本件解雇の意思表示の理由とする人員整理基準中の

(三)  必要不可欠でない者

(四)  解雇されても生活困窮に追込まれる環境にない者

との点について考えると、企業の維持発展は、もとより企業主たる控訴人の至上命令ともいうべきものであり、これが必要のためにする人員整理も、ある程度控訴人の自由才量に委ねらるべきであることはいうをまたないが、他方解雇は、労働者にとつてほとんどその生命を断たれるにも等しいもつとも重大な事柄であることに思いいたると、控訴人の才量権も何等の制限のないものとする訳にはいかず、客観的妥当な範囲内においてのみ許されうべきことは、衡平の上からいつてまことに当然であると考えるところ、このような観点から右(三)、(四)の基準の規定を判断すると、それは余りにも客観性に乏しくかつ妥当性を欠き、とうてい解雇の如き重要な事柄を判定するための決定的な基準とはなし難いものと思料せられるばかりではなく、かりに然らずとしても、当裁判所の信用し難い当審証人溝口正亜、同株本量平、原審並びに当審証人富田保次郎のこの点に関する各供述部分を除いては、被控訴人が同基準に該当するものであるとの疎明はないのである。それどころか、被控訴人は相当な学歴と経験とを有することは控訴人においても自認するところであり、第一次解雇の意思表示の直前までは、控訴人は被控訴人を有能な職員と認め、これに対して重要な地位を支えていたことは、すでに前段において説明した通りであるし、また被控訴人が解雇されても生活困窮に陥らないものではないことも、被控訴人の右各供述によつて容易に疎明せられるところである。

以上の疎明事実と原判決理由中の前示引用部分とを綜合すると、控訴人の被控訴人に対する本件第三次解雇の意思表示も、その表面上の理由はともかく、真実は要するに、控訴人において被控訴人が共産党員であることを嫌い、そのことの故に、何とか口実をもうけて、被控訴人が控訴会社の従業員にとどまることを、あくまでも排除しようとする控訴人の一貫した意思実現の一部分であると解するのを相当と思料する。そうすると、本件解雇の意思表示は被控訴人の信条を理由として差別的になした労働基準法第三条違反の無効のものであると解するのほかはない。

不況にあえぐ現代社会経済状態の下において、労働者がその唯一の収入源ともいうべき賃金の支給を不当に拒絶されることは、反対の事情のない限り、一応回復すべからざる損害を被るものと認めない訳にはいかないところ、被控訴人が人員整理による解雇の名の下に不当に賃金の支払を拒まれ、これがために回復すべからざる損害を被つている疎明のあることは前に説明の通りである。そして被控訴人が一応、控訴人の従業員たる地位に基く賃金支払請求権を有するものと認められるにもかかわらず、これが任意の支払を期待し得ないことが、弁論の全趣旨によりうかがいうる以上、控訴人に対し賃金支払の仮処分命令を得なければならない緊急の必要のあることはいうまでもないところであるが、被控訴人は、控訴人からすでに昭和三〇年八月一〇日までの賃金相当の金員を受領していることは、その名目はともあれ、被控訴人もこれを自認するところであり、また被控訴人の手取平均月額金一七、〇〇〇円を各その月の二五日に支給していたことは控訴人において明かに争はないところであるから、被控訴人の、本件解雇の意思表示の効力停止命令並びに金銭支払命令申請中、労働基準法第二六条(いわゆる休業手当を定めるにつき、労働者の最低生活保障の基準として、賃金の六割を定める)所定の割合の範囲内において、すでに支給日の到来した昭和三〇年八月一一日から同三三年一一月三〇日までの平均賃金合計額の六割に相当する金四〇四、六〇〇円及び支給日未到来の同年一二月一日から本案判決確定に至るまで一ケ月各金一〇、二〇〇円をその月の二五日限り支払うべきことの命令を求める部分は、もとより相当としてこれを許容すべきであるも、その余の部分は不当としてこれを棄却し、訴訟費用は、民事訴訟法第九五条、第九二条に則り、第一、二審共これを控訴人に負担せしむべきものとして主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 亀井左取 坂口公男)

(別紙)

経過表

被控訴人は東京大学第二工学部冶金科を卒業。

昭和二三年四月控訴会社に入社。

同二六年一二月より控訴会社の職員をもつて組織する紡機製造株式会社職員組合の執行委員就任。

同二七年二月頃日本共産党に入党。

同二八年八月から前同職員組合の組合長就任。

同二九年五月一日控訴会社製造部鍛造工場係主任。

同二九年七月夏季手当として平均一万五千円獲得の団体交渉を申入れたところ、控訴人は工場係主任と組合長の地位とは両立しないから、被控訴人が組合長としてなした団体交渉には応じないと解答したので、被控訴人は組合総会にはかり、交渉の円満を期するために、

同二九年七月一五日右組合長を辞任す。

同二九年八月一二日被控訴人は控訴人から任意退職を求められたが拒絶。

同二九年八月一三日第一次解雇の意思表示(但し控訴人は被控訴人の将来をおもんばかり懲戒解雇にあらざる普通の解雇とすると称する。)

同二九年八月一八日右解雇意思表示に対する第一次仮処分申請(神戸地裁昭和二九年(ヨ)第四七八号)。

同二九年一一月五日第一次仮処分判決(第一次解雇意思表示の効力停止)。

同二九年二月 日同控訴(大阪高等裁判所昭和二九年(ネ)第一三一三号)。

同二九年一二月二八日第二次解雇の意思表示(懲戒解雇)……第一次解雇が万一効力を認められなかつたと仮定して……第二次仮処分事件答弁書参照)。

同三〇年一月二五日右効力停止のための第二次仮処分申請(神戸地裁昭和三〇年(ヨ)第二五号)

同三〇年八月一〇日第三次解雇の意思表示。営業不振に基く人員整理として他の一六名と共に解雇。(第二次解雇が万一効力を停止されたとしても人員整理により解雇する。(甲六))

同三〇年八月二六日右意思表示の効力停止のための第三次仮処分申請(神戸地裁昭和三〇年(ヨ)第三七七号)。

同三〇年一二月六日第二次解雇の意思表示撤回。

〃第二次仮処分申請撤回。

同三一年七月二〇日第三次解雇の意思表示の効力停止の神戸地裁判決。

同三一年七月二五日同控訴。

同三一年一一月二九日第一次解雇意思表示撤回。

同三二年五月一五日第一次仮処分取消判決(大阪高等裁判所昭和二九年(ネ)第一三一三号判決)。

解雇理由表

第一次解雇意思表示(29・8・13)

一 「控訴人は従来遅刻欠勤極めて多く、その回数においても、時間数においても他を圧する。」右は現場職員は、工員に率先して配置に就くべしとする控訴会社の指導方針に反するものであり、これまで数回注意訓戒を与えるも改まつた形跡はない。

二 「被控訴人はその身元保証人が昭和二八年一一月に死亡しているのに、その届出をなさなかつた。」右は人事管理上必要な事項につき移動を生じたものであつて、就業規則第一六条によりちたいなく所属工場長に届出でなければならないものである。

三 被控訴人は控訴人の経営合理化の方針に非協力であつた。

四 被控訴人は、昭和二九年八月一二日任意退職の勧告を受けるや翌一三日午前七時四〇分より同八時までの作業時間中、工場主任の地位を利用し、朝礼の形式をとつて許可なく部下工員を召集し

(イ) 職場内政治活動の正当性

(ロ) 吉田内閣の打倒

(ハ) 経営者の弱体の不当

(ニ) 被控訴人への退職勧告に対する決意をひれきした、従業員の協力を求める。

等無関係な内容を演説し、この煽動により、従業員は、同日昼食の休憩時間を利用して集合し、午後の作業開始時刻に至るも解散せず、同日午前午後二回に亘り四〇分間機械の稼動を中断し、工場秩序を破壊した。

第二次解雇の意思表示(29・12・28)

昭和二七年六月以来現在に至るまであらゆる機会を利用して数十回に亘り本社及び土山工場の内外において、当社従業員に対し、あらゆる事実を歪曲して会社を誹謗する文書を頒布又は頒布せしめ、その他の方法をもつて従業員の生産意欲を減退し、その能率を低下せしめ、ひいては会社従業員の業務の遂行に悪影響を生ぜしめ、訓戒を受けたにかかわらず、毫も反省するところなく、上長の指示命令に反し、ますます反経営的意図をもつて公然会社を非難してはばかるところなく、労働組合活動としてではなく就業規則所定の懲戒解雇に該当する行為をなしたるものである。

第三次解雇の意思表示(30・8・10)

被控訴人は控訴人の次の整理基準の(3)の(ロ)(ハ)及び(4)及び(5)に該当するもので、控訴人の企業経営上やむを得ない人員整理であつて被控訴人の信条を理由とするものにあらず。

(1) 退職希望者又は近く退職予定者(停年、休職期間満了に近い者)

(2) 一時的雇傭関係者

(3) 不良従業員と認められる者

(イ) 低能率者・成績不良者

◎(ロ) 出勤不良者

◎(ハ) 業務に対する協力性に乏しい者

(ニ) 素行不良者

◎(4) 必要不可欠にあらざる者

◎(5) 解雇せられても生活困窮に追込まれない環境にある者

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